目に見えない資本主義:田坂 広志 著 2009/08/06 東洋経済新報社
貨幣を超えた新たな経済の誕生
田坂 広志 氏 (多摩大学大学院教授) Wikipedia
シンクタンク・ソフィアバンク代表
公式サイト「未来からの風フォーラム」
公式ブログ「新しい風」
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↓本文より:
☆第九話 「見えない資本」を見つめていた日本型経営
◎「見えない資本」が見えなくなった現代の経営者
「共感経済」へのパラダイム転換とは何であったか。
これから「知識経済」が「共感経済」へとパラダイム転換を遂げていくが、この「共感
経済」という新たな経済に処するためには、何よりも、「共感資本」(empathy capital)と呼ぶ
べきものを重視しなければならない。
「共感資本」とは、
知識資本(knowledge capital)
関係資本(relation capital)
信頼資本(trust capital)
評判資本(brand capital)
文化資本(culture capital)
といった「目に見えない資本」のことであるが、「共感経済」においては、こうした「目に
見えない資本」を評価し、増大させていく力が企業の経営者に求められる。
しかし、残念ながら、すでに知識経済や共感経済の時代に突入して久しいにもかかわらず、
そうしたことを重視する経営者は、増えていない。
その最大の原因は、グローバル資本主義における、企業評価の基準にある。
こうした「目に見えない資本」が重要になっているにもかかわらず、いまだに株式市場に
おける企業の評価は、財務諸表に表される「目に見える数字」を中心として行われている。
そのため、上場した企業の経営者の多くは、「目先の数字」に目を奪われ、経営が短期的
視点に偏り、視野狭窄に陥ってしまっている。
このことは、すでに多くの識者の指摘するところであり、市場原理を標榜するグローバル
資本主義が、新技術の開発、人材の長期的育成、良好な企業文化の醸成、消費者との信頼関係
の確立、などの点で、大きな問題を抱えているとする批判が、数多くされている。
◎成熟とは、「見えない価値」が見えること
しかし、今回のサブプライム問題を契機に、こうした短期的な数字重視の経営への反省も
なされており、経営をもっと長期的視点で行うことの重要性も認識されつつある。
では、「共感経済」において重要になる、知識資本、関係資本、信頼資本、評判資本、
文化資本といった「目に見えない資本」を評価し、増大させていくためには、経営者はどう
すればよいのか。
実は、顧みるならば、かつての日本型経営においては、こうした「目に見えない資本」を
評価し、それを増やしていくことが、経営者の重要な役割とされてきた。
なぜなら、かつて日本企業の優れた経営者は、次のようなものを大切にしてきたからである。
「社員の目の輝き」「社員の働き甲斐」「職場の空気や雰囲気」「社員の和」「企業の
文化」「顧客への共感」「社会からの信頼」「世間の評判」
かつての優れた経営者は、そういった「目に見えない価値」を大切にしてきた。これらは、
「財務諸表」には載らない価値であるが、優れた経営者は、そうした「目に見える数字」に
表れない価値こそ、深く見つめてきた。
そして、かつての日本型経営の素晴らしさは、こうした「経営者」の存在だけではなかった。
その企業で働く「管理職」や「社員」が、やはり「目に見えない価値」を大切にしてきた
のである。
☆第十話 「社会貢献」と「利益追求」を統合していた日本型経営
◎「社会貢献」と「利益追求」の矛盾に、どう処するか
「貨幣経済」から「自発経済」へのパラダイム転換。
これは、いかなるパラダイムの転換であったか。
これまでの社会においては、「マネタリー経済」(貨幣経済)が圧倒的な主流の経済原理で
あった。「貨幣の獲得」を目的として人々が活動する経済である。
しかし、1995年頃に起こったインターネット革命によって、これまで「陰の経済」の位置
に置かれていた「ボランタリー経済」(自発経済)が、急速に、その影響力を増大してきた。
善意や好意など、「精神の満足」を目的として人々が活動する経済である。
このマネタリー経済とボランタリー経済の融合の流れは、市場においては、すでに現実の
動きとなっている。
では、この「融合経済」への流れは、現実の企業活動において、どのような形で起こって
いるのか。
一つが、企業の社会的責任(corporate social responsibility)の潮流。
もう一つが、社会起業家(social entrepreneur)の潮流である。
すなわち、CSRの潮流とは、ある意味で、マネタリー経済がボランタリー経済を取り入れて
いく動きであり、社会起業家の潮流とは、逆に、ボランタリー経済がマネタリー経済を取り
入れていく動きに他ならない。
もう少し具体的に言えば、CSRの潮流とは、「営利企業」が、利益追求だけを目的にする
のではなく、「社会貢献」を重視していく動きであり、社会起業家の潮流とは、逆に、
「非営利組織」が、その社会貢献の事業を長期的に継続していくために、その事業そのもの
から「利益」を生み出していく動きである。
すなわち、CSRと社会起業家という二つの潮流は、いずれも、企業や組織のレベルで見る
ならば、これまで対立的なものと考えられてきた「利益追求」と「社会貢献」を統合して
いく動きに他ならない。
◎すでに「社会的企業」を体現していた日本型経営
「企業の目的とは何か」や「経営者の任務とは何か」という議論は、理念のレベルでの
「神学論争」をするよりも、むしろ、現実の企業の動きによって、一つの答えが生まれつつ
ある。
なぜなら、いま、世界の資本主義の最先端において、「利益追求」と「社会貢献」を統合
した、新たな企業像が生まれているからである。
それは、何か。
「社会的企業」(social enterprise)である。
すなわち、いま、CSRと社会起業家という動きが世界中に広がっていくに従って、単なる
「営利企業」でもなく、単なる「非営利組織」でもない、社会貢献のために事業を行い、
その事業を継続していくために、その事業から自立に必要な利益を上げていく「社会的企業」
と呼ばれる企業像が生まれているのである。
そして、こうした企業像は、「社会起業家」すなわち、社会貢献を目的として新たな事業
を立ち上げる人材像と、丁度、コインの裏表のような動きとなっている。
しかし、こうした「社会的企業」や「社会起業家」という企業像や人材像を語ると、日本人
の多くは、やはり、不思議な感覚を覚えるのではないだろうか。
なぜなら、先ほど日本型経営のところで述べたように、日本人の勤労者の多くは、実は、
企業の究極の目的は「社会貢献」であると思っているからである。むしろ、自分の働いている
企業を、「利益を上げることを究極の目的とした営利企業」であると思って働いている人々は、
少数派であろう。
例えば、この国においては、「あなたの企業は、どのような企業ですか」と聞くならば、
どのような企業の社員であっても、その多くが「我々の企業は、これこれの事業を通じて
社会に貢献する企業です」と答える。
その背景には、日本人独特の「企業観」がある。
「企業は、本業を通じて社会に貢献する」という企業観である。
すなわち、我が国においては、「利益追求の営利企業」と「社会貢献の非営利組織」という
二項対立的な捉え方は、あまり存在していない。
むしろ、日本人の企業観は、すでに遥か以前から「社会貢献」と「利益追求」を統合した
「社会的企業」のビジョンを先取りしたものであった。いま世界の資本主義がめざし始めた
「社会的企業」のビジョンを、日本という国は、すでに体現していたのである。
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引用が長くなってしまったが、「目に見えない資本⇒コトの価値創造」への対価で成立する
ビジネスモデルへの挑戦も、こんなカタチで少しずつでも目を向けられてくるのかなと感じ
我々の取り組みはねばり強く地道でも継続していかなくっちゃ!と改めて決意を強くできた。
2009年8月24日月曜日
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